この間、久しぶりの金継ぎ教室でした。今手掛けている、徳利、一輪挿し、マグカップともにタイミングを同じくして磨きの工程からスタートとなった。工程としてはとてもシンプルなので、何も考えず無心に磨く。しかしそう言うと聞こえがいいものの、金継ぎでは全然良くない。集中すると、磨きすぎてしまうから。
磨く箇所、というのは凹凸がある所。凸部分だけを削り面をなめらかにしていくのに、凹の部分まで削ってしまうと意味がない。往復のスクロールのテンポにのってしまうと磨きすぎということになる。この土ものの徳利は、生地が柔らかいので特に。
無心、というよりも考えなしに磨く私は先生に見透かされている。他の生徒さんを指導しながらも、それを察知して声をかけてくださる。磨くことが目的となり、全然うつわを見ていなかった。
次にマグカップ。白漆を重ねていく。
ご覧のように漆がなかなか入っていかない。なんとか押し込めようとする。
そんな無理矢理感も、先生に見透かされていた。押し込むのではなく、漆の様子、生地の様子を見て吸い込ませないといけないよと。
一体何にこんなに焦っていたのか分からないけれど、そういう回もたまにある。
ところでこの回の後、猛烈な漆かぶれになり少し教室をお休みした。それはまた次の記事で。
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